この7月から8月にかけて、新しいビザの取得、1年住み慣れた部屋を正式に引継ぎしたこと、こういう大きな出来事が同時にあった事もあり、新しい人生が幕を開けた。あとはやるだけだ。しかし、環境は整ったかに見えたが、思ったように心が付いて来ない。
やらなければ行けないのは分かっている、知り合いの作家にも、絵で生計を立てることが出来るようになりたいのなら、ギャラリーを回ったり、他に知り合いの作家を増やしたりと、もっと動くべきと言われ、それも分かる。
でも制作をするモチベーションも湧かない。理想は高くあるはずなのに、気持ちが付いて来ない。ネット依存も強い。納得の行かない日々。
そこで、色々模索している中で、久しぶりにあるブログを覗いてみた。
あるブログとは数年前に偶々見つけたものなのだけど、頻繁に更新されるその記事の分量にまず驚かされ、そしてその内容もさることながら、自身の興味のあるものについて延々と語り続けられるそのエネルギーに、こんな人がいるんだなと衝撃を受けた。
久しぶりに訪れてみたが、相変わらず溢れるように言葉が出てきていた。やりたい事に打ち込む姿勢。試行錯誤しながらも疾走感というか、突き進んでいる感。そんな彼に僕の現状をぶつける事で、何か分かる事が無いか、得られる事があるのでは、そういう思いでブログにコメントを書き込んだ。
返事が返って来た。それによると、驚いた事に彼も同様の悩みを抱えているという事だった。
周りから見ると十分激しく生きているようだが、本人は全然満足しておらず、寧ろその理想とのギャップにどこか虚しさを感じているようだった。
僕達は数回のやりとりを通じて、時間にすると約1ヶ月に渡って、お互いの置かれている現状と、理想とする姿について語り合った。
そこで僕が得た答えは、周りを気にせず、社会の事は極力考えず、もっと自分の衝動に向き合って忠実に進んで行こう、表現というものについて純粋に向き合って行こう、という当たり前ではあるけれど、初心に戻るという意味で凄く大事なものだった。自分の内側の世界に目を向け、進んでいく事は、社会とか外界との距離が益々広がっていく事を意味するのだが、その先のもっともっと深い所に普遍的で絶対的な真実と呼べるものが見つかるのではないか、抽象的だけど、そうして初めて人の心を強く揺さぶる作品が生まれるのではないか。ちょっと絶望的な感じもするけど、その位の覚悟がなければ中途半端に終わってしまうことだろう。
その時々で壁にぶつかったり、自分を見失ったり、他のものがとてもいいものに見えたりするけれど、激しく生きる上で大切なもの、それを再確認できた貴重な交流となった。
特に僕の場合、初心に帰ると言う流れの中で、K.S.ギャラリーでの個展の日々が僕にとって大事なコミュニケーションの場だったと思い出すことが出来たのが大きい。このギャラリーは外を歩いている人から中の作品が見れるようになっているので、作品の良し悪しでダイレクトに結果が出る世界。その瞬間、その場を通りかかって僕の絵と出会い、そしてその人と僕が出会う。こんな刺激的なことって無い。僕はそのことに凄くやりがいを感じた。表現をし、発表し、作品が人を呼び、新しい経験を得る。そしてまた表現をするというサイクル。
会場に僕がいる事で、作品を前にして他者との対話が出来る環境。そうやって日本では多くの人と出会ってきた。
僕は自分の作品が万人受けするようなものでは無いと思っている、特に日本ではその思いは強い。
それは僕の絵に限った事ではないかも知れないが、それでも僕の作品は頭で理解するような絵じゃないし、少なくとも口当たりのいいものではない。
でも、それでも、100人か1000人かいたら、その中で1人か2人、僕の表現を受け取って強く感じてくれる人がいる事も確かだ。
僕はそうやって人と出会って来た。
僕にとって、作品を発表するだけでなく、この「出会い」というものが凄く貴重なものだったのだと今になって気付いた。
普通のギャラリーだと中々こうは行かない、プライベートな環境だから出来る交流。
それをベルリンでやるとしたら、まずは自分の部屋で出来そうだなと考えた。作品がある、自分がいる、対話が出来る。自然な流れだった。
日本に比べてヨーロッパの家はより開かれている印象を受ける。家の中を土足で歩く人が多いのもそうだし、しょっちゅう誰かの家でパーティをするし、人にもよるが、少なくとも日本ほど閉じていないと思う。単純に感覚的にもベルリンでなら出来そうだと思っていた。そしてこっちの人たちは何か面白そうなものがあれば直ぐに関心を示してくれるので、チラシを撒いたり、ネットで告知すればそれなりに反応があるのではないかという期待もあった。
実際に、自分の周辺にオープンスタジオの話をすると、多くの人が興味を示して「行きたい!」と言ってくれた。
一人一人とじっくり話しをしたい、それも出来るだけ裸の言葉で交流したい。
こうしてオープンスタジオは予約制にして、各人と時間を決めて来てもらう事にした。
じっくり話すといってもまだドイツ語はたどたどしいし、何より自分の作品について、自分自身まだ上手く説明できる自信が無い。
だから逆にこの機会を利用して、説明の練習の場にしようと考えた。
ということで、今回は試験的に行おうと考え、知人友人を中心に声を掛ける程度に抑えようと思っていた。
ただfacebookを通じて、僕の作品に興味を持ってくれた方からも予約を貰い、直接出会う事が出来た。
彼女は自分の気に入った作家をギャラリーや展示スペースを持っている人たちとを繋ぐのを仕事にしたいと考えていて、ベルリンでその活動を始めたところという事だった。彼女は僕と是非一緒に仕事がしたいと言ってくれて、条件も悪そうじゃないし、僕もそういう人を求めていたので渡りに船だった。
もちろん、これからの僕の作品次第という所もあるけれど、僕の為(僕の作品の為)に動いてくれる人がいるというのは本当に心強いと思う。
まして僕のように、自分を売り込む事にあまり関心を持てない人間にとっては有難い存在だ。
今回の事からも改めて実感した。
出会いというのは何時何処に転がっているか分からないと。そして基本的には作品がその人を呼び止め、その人との出会いが訪れるのを待つことになるのだけれど、作品を人目に付く所に持っていく事はできる。そこはある程度自分でコントロールが出来る。入り口を用意する必要はあるという事だ。
それ以外にも、一人一人とじっくり話ができて充実した時間を過ごす事が出来た。
僕の場合、作品について語る時は、もともとのコンセプトやテーマを持って制作しているわけではないので、必然的に制作の流れや自分の考えていることを話す事になる。
ただ、今回はそれに加えて、どうして僕はこういう絵を描くのか、自分が自身の絵を見て何を感じるのかについて語るように努めた。
事の発端は先に知人の作家さんから言われた事、つまりどうして肖像画ばかり描くのか?というような問いがあった。
考えてみると確かに、僕はいつも人のような生き物?を描いている。でもこれまではそこについては感覚に任せて表現しているのだからと、そのままにしてきたし、それでいいと思っていた。その方に言われた後で、肖像画について書かれた本を幾つか読んでみたけれど、よく分からなかった。
次にスペイン人の友達との会話の中で彼からもらった言葉が僕にとって大きなヒントとなった。
彼とは去年の10月から半年間同じドイツ語学校で一緒だった仲で、それ以降もほぼ毎週顔を合わせてはビールを飲みながら語り合った。
彼は僕と同世代だけれど、本当に尊敬できる人間だ。
恋人、家族、友人への愛情、野性的な性格、コミュニケーションの取り方、人間臭さ。考え方もそうだし、僕に持っていないものを沢山持っている。
特に自分のやりたい事が明確で、それに向かって戦略を立てて進んでいく姿を見て羨ましいとさえ思っていた。
彼が一足早くオープンスタジオに来てくれた時に、君は戦略を持ってやりたいことが出来ていて羨ましい、僕は表現をすることはずっと続けて行きたいけれど、そこに戦略を持たせるとかそういうのが苦手だと、正直に打ち明けた。
戦略を持つことは大事だ、それは百も承知だが例えばギャラリーなんかに作品を持ち込む時や、助成金や奨学金の類に応募する際には作品に対する説明が必要とされる。でも僕は感覚、衝動に身を任せて絵を描いていて、何度も言うようにコンセプトやテーマを持って制作をしている訳ではないので、その説明が出来ないと。
彼は言った。僕の絵は僕から生まれて来たのだから、そこの感覚にもっと向き合った方がいいと。自分の描いた絵に向き合った方がいいと。どうしてこういう表現になるのか、そこで何を感じているのか、そこに言葉を与える必要があるのではないか、そして言葉を与える事が出来るのではないか、と。
彼はその言葉を残してバルセロナに帰って行った。
それ以降、僕は自分の絵にもう一度向き合うこととなった。
普段は身体で感じて、そこで済ませていたものと、じっくり向き合うこととなった。
僕はどうして人を描く事が多いのだろう。
その人たちはどうして目だけしかないのだろう。
その目はどうして目玉が無いのだろう。
どうして僕の絵は暗い色が多いのだろう。
恐らくこれらには正解は無いだろう。
ただこれらの絵は紛れも無く僕が生み出したものだ。
僕が感動できる絵、それが僕の絵だ。ただしその感覚にも背景がありそうだ。
言葉で捉える事が完璧には出来ないかもしれないが、全く無理という訳でもないだろう。少なくともより近づく事は出来そうだ。
人が自分の歴史に意味を持たせようとする行為と同じとも言える。
実際、言葉についても、例えば作品の題名なんかは、やはり感覚的に思いついたものを付けていたが、それ以上深く考えてこなかったように思う。
そうして、作品と向き合って、そこから浮かび上がって来る感覚を捉え、言葉を与える作業を始めた。
例えば、黒と赤が好きなのは、不安や恐怖、死を意味する黒、生命、衝動を表す赤だからだと思っている。
この背景には、幼少期に父親が事故で死別したことがあると思っている。それ以降、死というものについて向き合わざるを得なくなったし、その分生きるという事を考えることが出来るようになった。不安や恐怖、危険が溢れるこの世界で命の炎を一杯に燃やして活きて生きたい、という日頃から願っている想いが表されているのかも知れない。
僕の絵に登場する人々は生きているのだろうか?それとも死んでいるのだろうか?
白目ということは、普通の解釈ならその人は死んでいる事を意味する。
でも凄く生命力のようなものを感じる。
生きているけど死んでいる、もしくは死んでいるけど生きている。
以前「生と死のすき間」という題名で展覧会を開いたことがあるが、彼らはそういった世界にいるのかも知れない。
またこういう見方も出来る。
彼らにはそもそも目玉が無い。しかし顔の中で目だけが描かれる事が殆どだ。それは何故か。
彼らは見ているのだ。
でも目玉で見ているのではない。心で、魂で見ている、目という窓を通して僕らを見ている、そして感じている。
こう言うのには理由がある。
僕が普段から大事にしているのは「見る」という事。例えば初めて会う人に対して、第一印象で判断するのは良くないことは知っているが、それでも相手をじっくりと見てそこから得られる情報で判断したいと考えている。時には判断を誤る事もあるだろう、でもその場合は自分の眼力が不足しているからだと僕は思うようにしている。僕の言う「見る」という事はすなわち「感じる」事を意味する。見て頭で理解する事ではなく、見て身体で感じる事。一本の樹を見て、これは樹だと記号で理解するのではなく、純粋にその存在を感じたい。
もう一つ理由がある。
5年以上前に出会って、事有る事に読み返している大切な本、「星の王子様」の中でキツネが王子様に教えた秘密の言葉、「ものは心で見る。肝心なことは目には見えない。」。僕はこれまで何度も読んできたつもりでいたが、字面だけを追っていたのだろうか。
今回自分の絵について思いを巡らせて一つ目の理由を思いついた時に、このキツネの言葉が甦ってきて、両者がシンクロしていることに驚かずには居られなかった。
意識の底から浮かび上がって来た感覚で絵を描く。そしてその絵を見て、意識の底から浮かび上がって来た感覚に言葉を与える。意図して行われていないだけに、それは自然な営みで、自然だからそこに必然を感じることが出来る。
そしてこれこそが、僕に欠けていたものの一つで、作品と自分の思想との距離を縮めてくれるものなのではないかと思っている。
ただここで気をつけなければいけないのは、言葉に頼るようになってしまうと表現の力が弱くなってしまうということ。今のこの社会は間違いなく言葉の方が生きていく上で有利だ。本質を言葉によって幾らでもごまかす事が出来る(見抜ける人が少ない)。僕としては、常に表現、この生命力というか初期衝動を一番に考え、言葉はあくまでも表現を補う、もしくは正しく理解しようと努めるためのツールとして、そういうバランスを大事にしていきたい。
そういう訳で、今回の試みを通して、ベルリンという新しい土地で僕は何をすべきか、何が大切か、また僕には何が欠けているのか、そういう事が分かってきたと思う。1年経って、ドイツ語である程度コミュニケーションが取れる様になって来たから出来ることでもあるが、作品を媒介した他者とのコミュニケーションは継続して行って行きたい。作品については、制作の後にひとつひとつじっくりと、自身で味わう事も大切だと考えるようになった。ひいてはそれが作品に深みを与えることになるだろうし、自分の感覚の根源を知る手がかりともなり得る。
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